アジア法学会研究大会
2011年6月18日(土)・19日(日)富山大学
(共催 関西大学マイノリティ研究センター)
ミニ・シンポ
千葉理論の到達点と課題
2011年6月18日(土) 14:00–17:45(受付開始13:30)
司会 孝忠延夫(関西大学)
企画趣旨/角田猛之(関西大学法学部)
千葉・法文化論とアジア/飯田順三(創価大学法学部)
千葉・法文化論とアイデンティティ法原理/
石田慎一郎(首都大学東京社会人類学分野)
千葉・法文化論と「総合比較法学」/
角田猛之(関西大学法学部)
18:00- 懇親会(富山大学生協Café AZAMI。会費3500円)
6月19日(日)
シンポジウム
法と開発の多様化と深化
アジアにおける動向と影響の検討
2011年6月19日(日) 9:30–16:00(受付開始9:00)
趣旨説明・法整備支援の多様化の様相/
島田 弦(名古屋大学)
「法と開発」の経過と理念の変化–––「法の支配」の意義と位置づけを中心に/ 松尾 弘(慶應大学)
ポスト・ワシントン・コンセンサス下の法整備支援の批判的検討
–––経済開発と貧困削減の調和・両立/金子由芳(神戸大学)
The Securitization of Rule of Law Promotion/
Veronica L. Taylor (Australian National University)
法整備支援における受入国側のイニシアティブと抵抗:
ウズベキスタン法整備支援から/桑原尚子(高知短期大学)
報告要旨
ミニ・シンポ 千葉理論の到達点と課題
2011年6月18日(土)14時〜
企画趣旨
角田猛之(関西大学法学部)
戦後のわが国の法社会学、法人類学、法文化論(学)の各分野において、きわめて大きな学問的足跡を残された千葉正士教授(以下、千葉とする)が、2009年12月17日に享年90歳で亡くなられた。
周知のように千葉は、その最初期の研究を法哲学からスタートさせ、とくに東北地方における種々の慣行、慣習法調査等を介して、戦後、川島武宜を中心に再スタートを切った経験科学としての法社会学にも大きな学問的関心を有していた。また、1960年代におけるミネソタ大学での在外研究を通じて、英米流の法人類学にもその関心を拡げていった。さらには、主として1970年代後半以降は一貫して、多元的法体制論に依拠しつつ、西欧法一元論・普遍論を批判し、かつ、非西欧とりわけアジアのさまざまな非公式法・固有法の経験的(調査)、理論的研究に取り組み、邦語のみならず英文、仏文を含む多数の編著書および単著論文(論文集)として、その膨大な研究成果をわが国のみならず世界の学界に提供し続けてきた。
本企画においては、逝去によってその全容が確定した千葉・法文化論(千葉の学問体系をこのように呼んでおく)を、千葉が有した方法論上の主たる3つの視点、すなわち、非西欧とくにアジア法、法人類学、法文化論(学)の視点から、まずは内在的に検討するとともに、その検討を踏まえつつ報告者各自の批判的検討を加えることによって、千葉・法文化論の再検討を試みたい。
「千葉・法文化論とアジア」
飯田順三(創価大学法学部)
本報告の目的は、その晩年の研究を非西欧法研究に費やした千葉正士にとって「アジアとは一体何であったのか」を探ることにある。そのためには、彼の残した多くの論文、研究ノート、エッセイのうちでアジアに関するものに焦点を絞り、それぞれの内容について一応の理解を得なければならないが、1992年に著した『小さな記録』(私版)には、千葉がアジアに知的興味を抱き始めた動機ともいうべき事柄が描かれている。そこに再録された「夢を追うこと」(東海大学『文明』57)と「個人的戦後責任観」(『季刊・三千里41』)の二つの回顧録風エッセイには、千葉のアジアへの単なる知的好奇心を越えた宿命的とまでいえる情念を読み取ることが出来る。さらに、報告者が所属する創価大学法学部・法学研究科には千葉正士文庫が設置されているが、そこには生前、千葉が寄贈した多くの書物と混じって、東北帝国大学在学中に書きためた読後感想ノートや日記が確認された。報告者は、これらの私文書から千葉がどのような知的遍歴を経てその後の法学研究への歩みを開始したのかについて現段階で明らかになった点を紹介したい。その意味で本報告は、理論的検討を第2,第3報告に譲り、むしろ法学者・千葉正士の人間像について迫るものである。
(参考文献:千葉正士『アジアの固有法――継受法への対応』(英文・1986年)、『スリランカの多元的法体制――西欧法の移植と固有法の対応』(1988年)、「アジアにおける固有法と移植法: M.Chiba,ed., Asian Indigenous Law, 1986より」『東海法学』2、「アイデンティティ法原理の探求――とくに韓国と日本を比較して」『北大法学論集』46−1、「漢字文化圏における固有法と近代法――とくに韓国と日本の比較」『北大法学論集』47−5、「現代アジア法研究の課題」『行動科学研究』44、「チベットの法文化――French,The Golden Yoke,1995をめぐって」『行動科学研究』49、「世界の中のアジア法」『比較法雑誌』29−3他)
千葉・法文化論とアイデンティティ法原理
石田慎一郎(首都大学東京社会人類学分野)
千葉正士の多元的法体制理論において、3つのダイコトミーは、様々なファクターによって構成される個別法体系の多元的構造を分析する際に用いる一般概念である。3ダイコトミーを通文化的に活用することで、まさに共通の分析枠組で個別法システムの比較的特徴を明らかにすることができる。この3ダイコトミーが実証研究としての法人類学にとって有効な分析枠組であることは比較的容易に理解できる。他方、個別法体系の統合形態を文化現象として特徴づける「アイデンティティ法原理」は、比較法文化学理論としての千葉理論のもう一つの鍵概念とされるが、その位置づけについてはさらなる議論が必要である。本報告では、その点について私なりの議論を提示してみたい。
千葉は、法の多元的構造を「3ダイコトミーそれぞれの変数の組み合わせ」として観察することを提唱した。さらに、千葉の3ダイコトミー論は、様々なファクターの相互作用によって構成された個別法体系の多元的構造を分析するためのマクロな動態モデルとして提示されており、しかもその先にはアイデンティティ法原理を鍵的概念とする法文化論が次なる研究課題として控えている。
私は、当初、3ダイコトミーの道具概念を、法体系や法文化の制度的組成についてのマクロな分析よりも、紛争あるいは裁判の過程――とりわけ当事者の意見表明を推力とするところの規範形成の過程――についてのミクロな分析のなかで活用した方が、その有用性を経験的に確認することができると考えた。少なくとも法人類学の実証研究の場合にはそういえると考え、個別法体系の多元的構造についてのマクロ分析ではなく、個別紛争の多元的構造についてのミクロ分析をもとに、多元的法体制の動態を明らかにすることにつとめた。だが、その代償として、アイデンティティ法原理についての検討をあきらめざるをえないというジレンマに陥った。いいかえれば、法の「多元化」の動態を分析するための理論としての千葉理論を積極的に評価することを目的としていた反面で、最終原理によって示されるような「規範化」の比較的特徴を明らかにすることはできなかったのである。
法人類学の実証研究において千葉のいうアイデンティティ法原理をどのように理解すればよいのだろうか。世界各地の法システムは、それぞれの様態で多元化しており、裁判過程であらわれる具体的な法の姿はそうした多元化を反映して個別的である。だが同時に、そのような法には、当該地域固有の規範化(または普遍化)の力も働く。このような多元化(個別性)と規範化(普遍性)の緊張関係のうえに実現される様態としての当該地域特有の「法の支配」の比較的特徴こそが、千葉のいうアイデンティティ法原理なのではないか。本報告では、ケニアの事例を手がかりに、このような試論を提示することにしたい。
(参考文献:千葉正士『法文化のフロンティア』(1993年)、『アジア法の多元的構造』(1998年)、「法文化論争から新法学への期待」『法の理論』22号他、石田慎一郎「第7章 法文化研究における社会人類学者の役割――アフリカ慣習法の柔軟性と確定性をめぐって」(角田猛之・石田慎一郎編著『グローバル世界の法文化 法学・人類学からのアプローチ』所収(福村出版、2009年))
千葉・法文化論と「総合比較法学」
角田猛之(関西大学法学部)
千葉正士は、1965年から1年間、ミネソタ大学のアダムソン・ホーベルの下で法人類学を学んで以降、主として1970年代後半から最晩年にいたるまで一貫して、非西洋、とくにアジアの多元的法体制を自らの研究テーマとして千葉・法文化論を展開した。その後30数年の間に、非西洋諸国の非公式法、固有法、法文化に関する多数の欧文、和文の論文、著書(単著および編著論文集を含む)を刊行したが、とくに2000年代に入って以降、いくつかの論考において「総合比較法学」という新たな学際的学問領域に言及している。しかし残念ながら、千葉はこの新たな学問領域に関する系統だった論述を残していないが、学術論文としては最後と思われる論文「総合比較法学の推進を願う」を、つぎの指摘で結んでいる。「総合比較法学は…実体としては、西欧社会については現に行われている多文化主義研究の、また非西欧社会については現行の多元的法体制研究の両アプローチを総合する意義を持つことである。そしてその実証的資料を蓄積するのは法社会学的および法人類学的調査の役であり、これを理論化するのはこの両学の協力による法哲学の任である。とすれば、これは、法学としては…いわば総合法学の1つであり、端的には理論法学ないし法理論の一形態と言えよう。」
そこで本報告では、主として2000年以降の最晩年のいくつかの論考に依拠しつつ、新たに提起されている総合比較法学の構想の一端を探るとともに、この構想においても方法論上のかなめをなすものと前提されている、アイデンティティ法原理と法主体論について、再度、若干の批判的検討をおこないたい。
(参考文献:千葉正士「1 総合比較法学の推進を願う」(滝沢正編集代表『比較法学の課題と展望』(信山社、2002年)、千葉正士「法学と法学部の行方」・「近代の功?罪?」・「観察・分析の視座」(それぞれ、「夢の旅路の拾い物」(1・5・7)というサブタイトルが付された論考(東海法学第30号(2003年)、第34号(2005年)、第36号(2006年))、角田猛之「千葉・法文化論における法哲学・法思想史ファクター 法主体論とアイデンティティ法原理をてがかりにして」(『法の理論18号』(成文堂、1999年)、「第1章 千葉・法文化論再考」(角田猛之・石田慎一郎編著『グローバル世界の法文化 法学・人類学からのアプローチ』所収(福村出版、2009年))
シンポジウム
「法と開発の多様化と深化−アジアにおける動向と影響の検討」
2011年6月19日(土)9時30分-16時
趣旨説明・法整備支援の多様化の様相
島田 弦(名古屋大学)
新・法と開発運動と呼ばれる動きが始まってから20年が経過した。1980年代後半に始まる大規模な法分野における国際協力の展開を、トゥルーベック教授は、1960年代に行われたものと対比して「新・法と開発運動」と呼んだ。新・法と開発運動は、日本では立法支援・司法能力向上支援を中心とした法整備支援という形をとっている。新・法と開発運動における最大のドナーである世界銀行は、当初は「小さな政府」と市場経済化のための構造調整スキームの一環としてそれを行い、市場経済システムに親和的なガバナンス整備を目指すようになっている。その他の機関でも、分権化や民主化など力点はさまざまである。いずれにしても、新・法と開発運動の目的は、被支援国のマクロ経済的な発展・安定化を目指すことに中心をおいていた。
トゥルーベックは、このような動きを、第二段階(経済開発・市場経済化主導のいわゆるワシントン・コンセンサス)から第三段階(貧困削減・人権などを射程におくいわゆるポスト・ワシントン・コンセンサス)への展開がおきているものとして捉えている。国連開発計画が主唱する人間開発(human development)や、ミレニアム開発目標(MDG)に見られるように、世界的な開発目標は、経済開発偏重だったものから、より社会開発を重視するものへとシフトしてきている。これが新・法と開発運動においてどのように実現されているのかは慎重な検討が必要である。
新・法と開発運動が深化するにしたがって、その目標は、経済のマクロ的改善からさらに、平和構築や貧困削減などの事柄に拡大してきている。さらに、インスティテューショナル・ディベロップメントやガバナンス改革、セキュリティーセクターリフォームと言った形で、法分野での国際協力という方法が国際開発の諸分野において一般化してきている。
例えば、平和構築分野では、国連暫定統治スキームを通じた国際社会による法整備や、世界銀行が「紛争下の開発」として提唱するような現代的紛争における制度構築・回復活動が挙げられるし、さらにはアフガニスタンでのPRT(地域開発チーム)で行われるもののように明確に軍事活動の一環として行われる場合もある。
また、貧困削減分野では、アマルティア・センは法の支配・政治的参加それ自体を開発の要素として位置づけているが、この影響を受けた国連開発計画の人間開発アプローチでも、法制度整備(改革)を取り込む試みがある。さらに、世界銀行のJ4P (Justice for the Poor)は、法制度改革を通じて貧困層も市場経済の積極的主体として取り込むことで、貧困削減を達成しようとする。
さらに、20年あまりにわたる法と開発・法整備支援の実験は、被支援国が支援に伴う経済的インセンティブを歓迎する一方で、本来の目的である法の支配の確立については頑強な抵抗にあっているようにも思える(例えば、Weingast, "Why developing countries prove so resistant to the rule of law" in Heckmanet.al. eds., Global Perspective on the Rule of Law, 2010.)。アジア地域では、法整備支援が、国家体制・官僚機構・社会勢力などとどのような調和・衝突の関係にあるだろうか。
以上のような動きは全世界的なものであるが、これらの動きがアジア地域ではどのように行われているか、また、アジア地域の法の発展にどのような影響を持つかということについて、アジア法研究者の立場から再検討することは意義があるように思える。
本企画では、法整備支援において理論・実務の両面から長く関わってきた研究者による報告を行う。
「法と開発」の経過と理念の変化――「法の支配」の意義と位置づけを中心に
松尾 弘(慶應大学)
「法と開発」における法の支配への注目は,1980年代から顕著になった。それは,1960年代の近代化論,1970年代の従属論に影響された法と開発に対し,自由主義とも社会主義とも両立可能な法改革のミニマムな理念として提唱された。他方,国際開発の分野では,1990年代から持続可能な開発の要素として人権・民主主義・法の支配・良い統治が強調され,ミレニアム宣言・ミレニアム開発目標は法の支配を良い統治とともに開発のためのグローバルな連携の中核に据えた。さらに,2005年世界サミット成果文書,2006年国連総会決議以降は,国内・国際両レベルにおける法の支配の推進が重視され,法の支配は今や法整備支援の中心スローガンとなった。しかし,その内容理解は国連,世界銀行,先進国政府,国際NGOなどの主要ドナー間でも一様ではなく,国際的な平和構築や刑事司法から,国内の立法・司法制度改革,人権擁護,修復的司法,保安部門改革,執行改善等々,前線は拡大している。さらに,「法」の内容として各国固有の慣習法を再評価する法的多元主義の議論も復活しており,議論は錯綜している。従来の理論や多様な経験を建設的に整序し,見失われた理念をどのように再構築しうるか,アジアの法整備支援状況の中で考えてみたい。
ポスト・ワシントン・コンセンサス下の法整備支援の批判的検討
−経済開発と貧困削減の調和・両立
金子由芳(神戸大学)
法と開発、ないし法整備支援なる法現象をめぐっては、弁護であれ批判であれ、もっぱらドナーである欧米側から論じられてきたのであり、アジア側からの視点はほとんど取り上げられてこなかった。法整備支援の目的論も(ワシントン・コンセンサスであれポストそれであれ)、またその達成度を論じる評価論も(結果評価であれプロセス評価であれ)、ドナー側の議論である。アジア法研究者が問うべき問いは、アジアの側からみて、法整備支援がどのような意味を持ち、どのような問題をもたらしてきたのか、またアジアにありながらアジアを支援する日本の位置づけをどう理解すべきかの視点であろう。欧米側の論調は普遍的価値としての「開発」や「人権」や「法の支配・平和構築」を掲げ、アジア側が改革に抵抗していると見る議論枠組みが目立つが、これでは、かつてのアジア的価値論をめぐる二項対立を出ていない。科学的検証は、不確かな意味内容をもって語られる「開発」や「法の支配」の抽象的言説に取り込まれることなく、それらが具体的に、法整備支援の実証的現実のなかでどのように再定義されているか、虚実を明らかにするミクロ的観察に発する必要があろう。「開発」を標榜する法整備支援の多くは、経済法分野の単行法の立法改革に振り向けられているが、その新自由主義的な強者優位の制度設計ははたして現代における「開発」定義の広がりに応えているのか。また「人権」や「法の支配」や「平和構築」を標榜する法整備支援の多くは司法改革に振り向けられているが、米国流の三権分立や弁護士主導の当事者主義を端的に移植するのみの制度設計は、はたして既存の司法秩序の混乱や固有の紛争解決文化の破壊に終わっていないか。いっぽう、アジアのなかにあってアジアを支援する日本の法整備支援は地味な存在であるが、対象を大陸法系アジア諸国に絞り、法典体系の要件事実を補う判例形成を支援しながら、予測可能性と規範的柔軟性を両立させる方向で歩んできた日本自身の経験を還元しようとしているやにみえる。日本支援の特色は、自らの「開発」「人権」「法の支配」モデルを押し付けることなく、アジア社会それぞれの自立的な努力による「開発」「人権」「法の支配」の独自追求を可能にする、インフラ整備に徹する点にあろう。そこには西洋v.アジアの二項対立を超えた、アジア社会の自立的なエンパワメントの手段たる法整備支援が、可能性として示唆されているように思われる」
The Securitization of Rule of Law Promotion
Veronica L. Taylor (Australian National University)
The rule of law ‘revival’ that began in 1989 with the fall of the Soviet Union is now two decades old (Carothers, Trubek, Taylor). Billions of dollars have been spent on rule of law reforms led by multilateral and bilateral donors in developing economies, post-conflict settings and humanitarian disaster sites, yet there is abundant evidence that the projects do not always achieve their stated aims (Cohen et al). Legal scholars and scholar-practitioners have pinpointed a number of persistent deficiencies in both the design and delivery of such projects to date.
The puzzle here is not that there are problems – after all, one of the umbrella fields for rule of law promotion is the field of international development, and development aid is having a mea culpa moment in relation to its rationale, structure and results (OECD; Ostrom et al). Rather, the question is why, if the ‘problems’ of rule of law promotion can be articulated so clearly, the ‘responses’ are apparently so slow in coming?
This paper argues that environment in which donors operate has changed dramatically, and with it, the content and rationale for rule of law promotion. A threshold issue is that the actors in the field that I have termed the ‘rule of law industry’ have increased and diversified. More importantly, the ‘development’ approach that we assumed was the underpinning for programs in ‘legal technical assistance’ and ‘rule of law assistance’ is now contending with new political policy priorities. ‘Rule of law promotion’ now encompasses – and competes with - security sector reform, policing, anti-narcotics prosecution, measures to combat involuntary migration, and anti-terrorism policies. In these examples, what is labeled ‘rule of law promotion’ or simply ‘rule of law’, may have very little to do with development.
This new environment is well illustrated by the World Development Report 2011 in which the World Bank highlights themes of violence, fragility and security. It is also built into bilateral programming and I illustrate this shift through three recent donor projects or programs drawn from Australia, the Netherlands and the United States.
法整備支援における受入国側のイニシアティブと抵抗―ウズベキスタン法整備支援から
桑原尚子(高知短期大学)
ソ連崩壊を契機に、旧社会主義国において、市場経済化および民主化を目的とした法整備支援が開始してから約20年が経過した。本報告が対象とするウズベキスタンにおいても、国内の政治的安定を重視した漸進的体制移行を掲げながら、市場経済に係る基本法を導入してきた。とはいえ、ソ連の遺制は依然として残る。計画経済的発想に基づいて、市場経済に係る法が制定される、あるいは解釈される例がみられる。また、民営化といってもその実態は国営企業が株式会社へ改組されたに過ぎない場合も決して少なくない。
本報告では、報告者が携わったウズベキスタンにおける法整備支援(JICA技術協力プロジェクト「企業活動発展のための民事法令及び行政法令改善プロジェクト」、「民間セクター活性化のための行政手続改善プロジェクト」)を題材に、受入国ないし被支援国の「イニシアティブ」と「抵抗」について、「法移植」の視角から論じる。とくに、「法移植」における経路依存性および過去との連続性の重視が受入国側の抵抗を減じること、既得権益層の存在しない、あるいは既得権益を害しない「法移植」に対する受入国側の抵抗が少ないこと等を検証する。また、権威主義国家の「イニシアティブ」の意義についても言及したい。